2017.07.28更新

御挨拶

兵庫工業倶楽部理事長
冨金原 伸伍

盛夏の候 同窓諸兄姉の皆様方の御健勝を心よりお慶び申し上げます。
兵庫工業倶楽部は、日頃より皆様方の熱き母校愛に支えられて健全なる運営がなされています。この書面を借りて御報告と共に改めて御礼申し上げます。
太陽の輝きは日を追うごとに益し、炎夏は、灼熱のエネルギーと化し、学舎に校庭に容赦なく降り注ぐ今日此の頃ですが、県工健児にあってはそれが如き酷暑をものともせず、寧ろその難を超越していく喜びを噛み締めて、学業に倶楽部活動に励んでいる姿を垣間見るにつけ、同窓の我々も曾てはあの校舎であの校庭で同様に未来に夢を託して切磋琢磨した事を重ね合わせると、セピア色に霞んだ淡き県工時代が、昔日の想い出が彷彿として蘇り、心中で逍遥し、うっとりとし乍ら筆を執っている次第です。
此の度、小河 徹校長先生が退職されました。本校に於いては2年間の在任でしたが、当校で長きに亘って採用されていた一括募集方式から各科別募集方式にシステムを抜本的に改変されました。又、その他多くの課題にも精力的に取り組まれた小河 徹校長先生には万感胸に迫る想いがあります。御退職後も矍鑠として御多幸であられん事を祈念致します。
尚、小河 徹校長先生の後任として、大川 真澄校長先生が着任されました。これからの2年間の御活躍を大いに御期待申し上げる次第であります。
 我が県工は明治35年11月兵庫県立工業高校として2学科、生徒数65名をもって開学いたしました。爾来、115年の年月を経た今日、8学科 960名を有する全国でも有数なる工業高校として発展して参りました。卒業者総数は34,399名を数え工業立国日本の一端を担い今日に至っております。
これからも日本と県工が共に有りて、工業立国の基としてその実力を発揮してゆかなければなりません。其れ故に学校と同窓が一丸となり毫厘の間隙をも許さず、(史記袁盎伝)一旦緩急あれば共に事に当り運命共同体として国と共に進歩発展し続けてゆかなければなりません。毛利元就の三本の矢の古事を引き合いに出すまでもなく、常に我々は共に強固な絆で結束して揺るぎ無ければ、どのような事が起ころうとも泰然として物事に動じず、人と人との絆が強固であればある程に如何なる困難があうとも、ものかわとして撥ね返す事が出来るでしょう。
その総ての根幹となるのは、儒教で謂う五常の一つ「信」の一語に尽きると想います。
県工と兵庫工業倶楽部の益々の発展を祈念しつつ擱筆致します。

2017.05.19更新

5月15日 ほんまるラジオで放送されました

下記をクリックして下さい ↓

http://honmaru-radio.com/mayuken05/

2017.04.22更新

6回  マインドフルネス &質疑応答の会
・・・どんな質問にもお答えします・・・

日時  5月18日(木) 2:00~
会費  無料
場所  全日本柔整師協会 http://www5e.biglobe.ne.jp/~jyusei/

    神戸市中央区中山手通5-1-1 神戸山手大木ビル 6F
講師  冨金原伸伍

※ 毎月 第3木曜日 2:00~開催致します

どなたでも御参加頂けます。要予約。
神戸東洋医学センター  TEL(078)371-3203
            FAX(078)371-1313

2017.04.22更新

第3回 マインドフルネス&質疑応答の会

・・・どんな質問にもお答えします・・・

日時  4月29日(土) 2:00~

会費  無料

場所  玄米カフェ春貴  https://www.shunki.com/cafe.html

    神戸市中央区三宮町3-9-19 春貴ビル

講師  冨金原伸伍

どなたでも御参加頂けます。要予約

神戸東洋医学センター TEL 078-371-3203

           FAX 078-371-1313


※ 次回 5月14日(日) 1:00~ 第23回 料理教室「胡瓜のパリパリ漬け」

              2:30~ 第 4回 マインドフルネス&質疑応答の会

 

 

2017.04.10更新

平成29年4月10日

皆様本日は御入学誠におめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。
桜花爛漫と咲き誇り、神戸の背景を彩る緑の山々は春霞の彼方に煙り、大輪田の泊りは春光に満ち満ちて明日への希望の輝きを放つ、
パステルで彩られた淡い水色の大空に包まれた学びの園からは、兵工賛歌が聞こえてくるようなこの佳き日に、新入生の皆さんの御入学を改めてお慶び申し上げます。
今日迄御父兄の皆様方に於かれましては大変御苦労様でした。皆様方は立派に御子息を御養育されました。御子息が百有余年の歴史ある県工に入学された事は紛れもなく、その事実を物語っております。
私は平成23年度より兵庫工業倶楽部理事長を仰せ付かっております高校18回化学科を昭和41年に卒業した冨金原伸伍でございます。我が「県工」は明治35年11月、兵庫県立工業高校として建築、機械の2学科、生徒数65名をもって開校致しました。その後明治42年電気科、大正6年応用化学科、大正10年土木科、戦後は学制改革により現在の兵庫県立兵庫工業高等学校となりました。更に時代の変遷に対応するべく、昭和33年デザイン科、34年電子科、62年には情報技術科を新設し現在では8学科を有する全国でも有数の工業高校として発展して参りました。
又、兵庫工業倶楽部は母校の発展と共に卒業者総数は34,399名からなる大同窓会であります。組織的には8つの各科別同窓会、10の地方支部、多数の勤務先兵工会が存在しております。このように114年の伝統と歴史に支えられた兵庫工業倶楽部同窓会に、三年後、今日御入学された320名の方々が全員御入会頂ける事を心より嬉しく心強く思っております。

今日御入学された皆さんは、只今県工という土俵に上がり同じスタートラインに立っているわけですが、その思いは十人十色と言われるように各人各様の思いがあろうかと思います。
入学時より卒業までの3年間を見据えてその過ごし方を鮮明に描き、その夢の実現の為に入学した者、又、何の方向性も目的も無く、況や着地点をイメージする事もなく、唯成り行きに身を任せて入学した者、其れ其れである事でしょう。然し、入学の動機は如何にあろうとも、今ここに輝かしい伝統と誇り高き歴史を有する県工という土俵に上がった事実があります。望むと望まざるとを問わずこの素晴らしい土俵に上がっている偶然にして必然の事実を認め、稀なる天与のチャンスが与えられた訳ですから見逃す手はありません。
この素晴らしい土俵で3年間見事な相撲を取って欲しく思います。
 学校は貴方方に全てを教える事は出来ません。又、皆さん方も全てを学ぶ事は不可能でしょう。要するに学校で学ぶ事は基礎の基礎であり、物事の本質を見極める事を学ぶのであります。この基礎を学ぶに当っては細心の注意を払って、微塵も疎かにしてはなりません。堅牢無比なる土台さえ築いておけば、後はその上に如何なる構築物をも自由自在に築くことが出来るでしょう。
学校での3年間は光陰矢の如しで、あっという間の出来事として過ぎ去って行く事でしょう。一所懸命に穿ち込めば穿ち込む程に、一心不乱になればなる程に、無心になればなる程に、一つの事に一途になればなる程に時間の認識が薄れていき、一瞬の内に3年間は終わって仕舞う事でしょう。
一瞬々々の中に心魂を込めて、有限の時間を無限大に活用し挑んで行って欲しく思います。
この事実は貴方方銘銘の歴史の中に克明に刻まれ、貴方方を生涯決して裏切らない事でしょう。これ等は全て財産として体躯と共にあり、四六時中、何時でも何処でも一生涯貴方と共にあり続け、バイタリティーの源泉となる事でしょう。学生時代に得た多くの体験と知の底辺は広大無辺に広がり、その上に築かれるものは無限大の高さを誇るピラミッドになる事でしょう。
誰にも侵されない、誰にも奪われない鉄壁のピラミッドは終生貴方と共に有ります。
水面に浮かぶ浮草は幾ら繁茂しても幾ら栄華を誇ってみても、一陣の風に敢え無く吹き飛ばされて跡形もなくなる事でしょう。
この世を浮世とはよく言ったもので、浮草の様に浮いているという意味があります。
浮いた世の中で浮草の様に流されない為には、一本の根を何処迄も伸ばし続け、池底に穿ち込み根を張る蓮の様になるしかありません。
流行りや廃りに目を奪われず、些細な事に一喜一憂せずに大地に根を下ろし、風が吹こうと嵐が来ようと、何の様な天変地異が起ころうとも、微動だにせず悠然と屹立して居ようではありませんか。
何処で咲こうと朽ちようと、泰然自若として居ようではありませんか。
江戸時代末期の僧 釋月性の詩に「人間到る処青山あり」と詠まれております。人は何処で死んでも青山即ち墳墓の地とする所はある。故郷を出て大いに活躍すべきであるとの意であります。
卒業してからではなく、今からこのような気概をもって挑んで欲しく思います。
 前述した事の全ては、今日から始まる県工での過ごし方一つに掛かっていると云っても過言ではありません。
これらの事を唐人の寝言として聞き流すのではなく、一顧して肝に銘ずべきであり、此の様な学生生活を過ごした貴方々は我々同窓の誇りであり、貴方の家族の栄であり、国の宝であります。
此の様な国民で満ち溢れる日本国は如何なる艱難辛苦が襲い掛かるとも、金城湯池の国として永遠不滅を約束されるでしょう。
貴方方と共に我々3万4千有余名の卒業生がおります。我々が築き上げてきたものの全てを後輩である貴方々に引き継ぎをする為にも、この3年間を有意義に過ごして頂きたく思います。
今日この場に於いて、私の思いの一端を永永と吐露させて頂きました。これをもちまして私からの御入学の祝辞に変えさせて頂きます。本日は御入学誠におめでとうございます。

2017.02.25更新

平成29年2月25日

皆様お早うございます。
本日は御卒業誠におめでとうございます。衷心より御祝い申し上げます。
又、今日まで長い間、教職員の皆様、御父兄の皆様並びに関係各位の皆様本当に御苦労様でございました。高い席からではございますが心より御慶び申し上げます。
私は平成23年度より兵庫工業倶楽部理事長の大役を仰せ付かっております 高校18回化学科を卒業した冨金原伸伍でございます。
我が「県工」は明治35年11月、兵庫県立工業高校として建築、機械の2学科、生徒数65名をもって開校いたしました。その後明治42年電気科、大正6年応用化学科、大正10年土木科、戦後は学制改革により現在の兵庫県立兵庫工業高等学校となりました。
また時代の変遷に対応するべく、昭和33年デザイン科、34年電子科、62年には情報技術科を新設し現在では8学科、960名を有する全国でも有数の工業高校として発展して参りました。
又、兵庫工業倶楽部は母校の発展と共に卒業者総数は34,116名からなる大同窓会であります。
組織的には8つの各科別同窓会、10の地方支部、多数の勤務先兵工会が存在しております。このように115年の輝ける伝統と歴史に支えられた兵庫工業倶楽部同窓会に、本日御卒業の283名の方々が御入会頂ける事を心より嬉しく、心強く思います。
只今改めてもう一度皆さんのご卒業に対しておめでとうの言葉を敬意の念を込めて心より申し上げたく想います。
三年前大きな夢と希望を膨らませて御入学された事と思います。又在学中の過し方等色々と暗中模索されたことでしょう。 或る者は入学時から卒業時まで一貫して一心不乱に自己の掲げた目標を達成するべく邁進してきた事と想います。また目標が定まらず只徒に三年の年月が流れていくのを傍観者然として看過してきた者もいる事でしょう。
然し、何れにせよ何の様な過し方をしようとも、この三年間の経験は何一つ無駄なことはありません。
「荘子 人間世篇」の中にある無用の用に、一見何の役にも立たないように見えるものが反って大切な役割を果たしている事であります。
今この瞬間に如何なる虚無千万の不安が去来しようとも決して悲観等悲しみの感情にとらわれる事無く全ての負の因子はこの場に捨て去り、又明日から生まれ変わった気持ちで新しい人生への最善の道を模索し前進していって欲しく思います。
三年間の歩み方は夫々に百千の過し方があったでしょうが、少なくとも今日御卒業される皆さんの共通認識は県工という学び舎で共に過し、哀歓、苦楽を共にしてきた共通の歴史historyがhis storyとして皆さん方が経験してきた想い出の中に刻まれております。
この貴重な想い出を大事にして不撓不屈の精神で、タフで格好良く人生を歩んで欲しく思います。
今日を限りに巣立って行かれる貴方々には明日よりは今迄とは違う全く異なる世界が開かれております。
この世間という荒波に飲み込まれないように時には大胆不敵に時には細心熟慮を駆使して貴方々一人々に与えられた素晴らしい使命を手綱捌きも鮮やかに思い存分に果たしていって欲しく想います。
人間個人にしても国にしても将又世界にしても、一身が独立しなければ安心で安全で豊かな環境を築く事は出来ません。
一身を独立させるにはどうすべきであろうか!!
「孟子梁恵王臣」にあるように一定の財産、生業を持たない人は定まった正しい心がない。生活が安定しなくては心の安定はないといっております。
即ち恒産なきものは恒心なしという諺の中に端的に云い表されております。
又、現今の日本の情勢を俯瞰してみると外政にあっては中国との尖閣諸島領有権の問題、韓国との竹島領有権の問題、ロシアとの北方四島の帰属問題、北朝鮮の核・ミサイル問題、アメリカのトランプ大統領における新政権との問題等々、翻って国内問題をみてみると地震、洪水、火山爆発、台風等々の自然災害に始まり少子高齢化、労働力、社会福祉、年金、景気対策等々多くの人為的なものも会い俟って難題が山積し内憂外患の様相を体しておりますが、これ等の問題を解決する方法は如何に。
此れを人体に例えてみるならば体を包んでいる皮膚一枚外側には病気の原因となる有害な微生物が無数に存在しております。
これらの有害な微生物から体を守る方法として、攻撃は最大の防御として消毒薬とか抗生物質を投与する方法があります。
もうひとつの方法は自己免疫力を高めてどのような外部環境にも耐えうる精神力と体力を蓄えておく事、その為には日頃より健康に注意し、病気に罹らず丈夫でいられるように努める事、金剛不壊の身体を保持する事であり、日頃から時を惜しんで刻苦勉励し知的能力を養い、精神的、身体的免疫力を涵養し、鍛錬を怠らない事であります。そうすれば前述した近隣諸国の日本への理不尽な干渉や無理難題も瞬時の内に雲散霧消するでしょう。
又国民生活を圧迫している40兆円を越える医療費も相当額抑制する事が出来るでしょう。
年金の問題もすべて解決に向かうでしょう。
有史以来古今東西を問わず国を含めて組織というものは内部から崩壊することが多々有るようです。
紀元前八世紀頃に興ったローマ帝国は国名としてのローマであれば2206年間続きましたが、終末期には政争、反乱等が相次ぎ内部から瓦解し滅んでしまいました。
組織体というものは外圧には中々屈しませんが内部からの問題に於いて敢無くなるようです。
私共の住む素晴らしい国日本はローマ帝国のような末路を踏むような事、無きようにしなければなりせん。
貴方々が県工で学んだことの全てを礎として豊で安心安全な国そして世界に誇れるような道義的国造りを目差して欲しく思います。
今日から我々卒業生と共に足腰の強い逞しい日本国建設の為に取り組んで行こうではありませんか。
以上色々と述べさせて頂きましたが、貴方々の背後には3万4千有余名の卒業生がおられます。
その卒業生達が築き上げてきた優れて大きな基礎の上に貴方々が立っておられます。
我々多くの卒業生は貴方々の絶大なるよき援助者であらんとする者で、各方面において惜しみない手を差し伸べてくれる事でしょう。
これからの皆さんの益々の御発展と御成功を心より祈念して、祝辞にかえさせて頂きます。
本日は御卒業誠におめでとうございます。

 

2016.04.09更新

平成28年4月8日

皆様本日は御入学誠におめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。
春風は大輪田の泊りより潮の香りを運び、六甲の山々は緑の息吹を吹き返す。学び舎は桜花の薫りを纏い、春爛漫として降り注ぐ日の光は今日御入学された皆様方を優しくお迎えしております。
今日迄御父兄の皆様方に於かれましては大変御苦労様でした。皆様方は立派に御子息を御養育されました。この百有余年の歴史ある県工に入学された事は紛れもなく、その事実を物語っております。
私は平成23年度より兵庫工業倶楽部理事長を仰せ付かっております高校18回化学科を昭和41年に卒業した冨金原伸伍でございます。我が「県工」は明治35年11月、兵庫県立工業高校として建築、機械の2学科、生徒数65名をもって開校致しました。その後明治42年電気科、大正6年応用化学科、大正10年土木科、戦後は学制改革により現在の兵庫県立兵庫工業高等学校となりました。更に時代の変遷に対応するべく、昭和33年デザイン科、34年電子科、62年には情報技術科を新設し現在では8学科を有する全国でも有数の工業高校として発展して参りました。
又、兵庫工業倶楽部は母校の発展と共に卒業者総数は34,116名からなる大同窓会であります。組織的には8つの各科別同窓会、10の地方支部、多数の勤務先兵工会が存在しております。このように114年の伝統と歴史に支えられた兵庫工業倶楽部同窓会に、三年後、今日御入学された320名の方々が御入会頂ける事を心より嬉しく心強く思っております。

今日御入学された皆さんはこれから3年間県工で学ばれます。
3年間という歳月は、本当に短いものであり油断をしていると光陰矢の如し、あっという間に過ぎ去って行く事でしょう。然しこの青春時代の一頁の3年間こそが非常に大切な時間でこの時期を迂闊に過ごすと将来に大きな禍根を残すことになると思います。
学校で学べる事は非常に小さな小さな芥子種の粒程の小さな事でしょう。然しこの小さな芥子種には1メートル以上にもなる大きな大きなエネルギーが内在しております。もし核分裂を起こさせる事が出来れば原爆の200万分の1位のエネルギーが潜んでいると私は想像します。
学校では基礎の基礎を学ぶのであって、この基礎を学ぶ事によってそれらを応用し、発展させ、開花させていくのです。学校で学び経験することは何れどのような形になるかは分かりませんが、事の結果の大小美醜は問えないけれども因果応報という形で貴方々の未来に形成されていくでしょう。良い学び方をした者、良い経験を積み重ねて来た者には其れ相応の果実が実っている事でしょう。
裏腹に不誠実な学び方や不純な行動の結果は論を待つ迄もなく不安と無気力、焦燥と暗澹たる暗い将来しかないでしょう。全ては貴方々が想い描き行動して来た結果の答えでしかありません。
あわよくばとかラッキーとかは通用しません。そのような事に期待せず精励、努力しよう。
まず高校生活に於いての目標を立てよう。
その目標に向かって汗をかこう。
目標達成の為には休む事なく一心不乱になって歩み続けよう。
目標に到達する迄、決して諦めないで忍耐しよう。
目標が成就するよう確固たる信念を持とう。
目標達成の為には自ら省みて正しければ敵対者や反対者がどんなに多くとも恐れる事なく自分の信ずる道を進もうと孟子が言い残しています。2300年程前の中国の思想家で王道政治を説いた人の言であります。又、「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」という古言は司馬遷が著した史記の中に見られます。意味としては、小さな者には大きな者の志は分らないという事です。誰もが理解し難い程の志を持って、この3年間挑んでみては如何でしょうか。
最後に明治期の福澤諭吉の著「学問のすすめ」の一部を引用して結びとしたいと思います。
生まれた時は平等だけれども・・・我らは同じ人であるのに仕事や身分に違いが出るのはどうしてだろうか。同じであるのに違うのならば違う部分があるのであり、その違う部分というものこそが学ぶと学ばないとにあるのである。人の違いは生まれつきにあるのではなく学問に励んだのか、学問に励まなかったかにあるのだ。天は人を平等に作るけれども人の世の中は平等には出来ていない。そして、その差は学問をしたかしなかったかによって生まれている。しかし乍ら福澤諭吉は「学問のすすめ」で学問の重要性を説いているけれども、この学問というのは机上の勉強に終止するものではなく世渡りをするのも商売をするのも時代の情勢を見つめるのも「学問」としており学問の本質は自分がどう活用できるかにかかっている。知識は議論により交換したり公開して広めるように努めなければならないとしております。願わくばこの3年間をフルに生かし全身全霊を打ち込んで価値ある県工時代を築き上げて欲しいと願いつつ御挨拶にかえさせて頂きます。
本日は御入学誠におめでとうございます。

2016.04.09更新

平成28年2月25日

皆様お早うございます。
本日は御卒業誠におめでとうございます。衷心より御祝い申し上げます。
又、今日まで長い間、教職員の皆様、御父兄の皆様並びに関係各位の皆様本当に御苦労様でございました。高い席からではございますが心より御慶び申し上げます。
私は平成23年度より兵庫工業倶楽部理事長の 高校18回化学科を卒業した冨金原伸伍でございます。
我が「県工」は明治35年11月、兵庫県立工業高校として建築、機械の2学科、生徒数65名をもって開校いたしました。その後明治42年電気科、大正6年応用化学科、大正10年土木科、戦後は学制改革により現在の兵庫県立兵庫工業高等学校となりました。
また時代の変遷に対応するべく、昭和33年デザイン科、34年電子科、62年には情報技術科を新設し現在では8学科、960名を有する全国でも有数の工業高校として発展して参りました。
又、兵庫工業倶楽部は母校の発展と共に卒業者総数は33,813名からなる大同窓会であります。
組織的には8つの各科別同窓会、10の地方支部、多数の勤務先兵工会が存在しております。このように114年の輝ける伝統と歴史に支えられた兵庫工業倶楽部同窓会に、本日御卒業の303名の方々が御入会頂ける事を心より嬉しく、心強く思います。
今日の此の佳き日に、皆さんは県工を巣立って行かれます。三年の長いようで短く想う学生生活であったと思います。
陰になり日向になり貴方方を今日迄教え導いてこられた恩師の諸先生方を始め、思い出深き校舎よ、校庭よ、さようならと告げて去って行く君達の雄々しき姿に、清楚で優しくも強き大和撫子に、いずれ日本の未来を支える父となり母となる日を重ね思い描くだけでも心から嬉しく頼もしく又力強くあり、先輩として祝着に存じます。今日、御卒業される皆さん方はこれからは諸兄姉、父母、祖父母弥諸先輩がしてきたように、今まで以上に刻苦勉励し骨身を惜しまず努力しなければなりません。
それは諸先輩達が日本の平和と安全、繁栄と豊かさを希求して今日の世界に冠たる日本を築き上げて来られた事に対してであります。
又この恩恵に浴して来た事に喜びと感謝をし、この伝統を誇りとして今日より明日、明日より未来へと繋ぎ永遠の発展を求めて進化してゆかねばなりません。
明治維新の頃、150年程前の日本が輸出出来るものは生糸ぐらいしかありませんでした。ところが今日の日本は如何でしょうか。
国民の所得はこの100年間で28倍にも達し、アメリカの防衛産業、特に航空機に至っては30%以上の精密機器は、made in Japanからなっており今や日本の製品なくしては空を飛べない状態になっております。自動車を製造するには20,000~30,000個の部品が必要とされて、自動車産業に係わる人々の数は全労働者数6,000万人余の中の9%に当るといわれております。H-IIAロケットで100万点、国際宇宙ステーション日本実験棟「きぼう」で約200万点、人工衛星で数十万点に及び、全ての機器、部品は高い機能と同時に過酷な宇宙空間に耐えられる高い信頼性が求められておりますが、是等の殆ど全てと云っていい位の部品は純国産から成っております。是丈を見てもわかるように今や日本は地球上で生活する為に必要なあらゆるものを生産出来る人材とノウハウを蓄積しております。
日本は常に資源少国と云われ続けてきましたが然し、資源が幾ら豊富にあっても其れを利用できる技術力とそれを扱う有能なる人材が不可欠であります。先の大戦に於いては欧米は鉄鋼、石油等を日本へ禁輸する措置を取ろうとしてABCD包囲網を敷き日本への経済封鎖を行ないました。
昭和10年頃の事であります。日本はアメリカ、イギリス、中国、オランダによって兵糧攻めに遭いこの死活問題を突破する為に外交で破れた日本は戦争という手段を選んでしまいました。
然し敗戦を経て70余年たった今日の日本は世界から羨望の眼差しで見つめられる程の高度な経済成長を果たし成熟した民主主義国家を築き上げております。
日本人の勤勉さと実直さ、そして道義的精神性等が相俟ってこれ等の相乗効果の結果としての果実であり、

この美風は日本人として世界に誇るべきものであると私は堅く信じております。
この優秀な人的資質があったればこそであります。
この資質は幾世代にも亘って自然の中に育まれ涵養されてきたものです。
この成果が世代を超えてDNAの中に組み込まれております。
この素晴らしい天賦の素質の上にこれからの未来を築き上げてゆく貴方方はゼロからのスタートではない分非常に恵まれております。
況してや3年間という貴重な一時を県工で学び、人としてどうあるべきかの基本を多々学び、これから実社会へ出て大いに役立つであろう工業の基本も沢山学ばれました。
この盤石の基礎があればどんなに大きな構造物を創造しても微動だにしないでしょう。
創造性を豊かに、発想を無限大に展開させて欲しいと思います。
総ての事物は国というバックボーンがあっての事であり、私の体験上から一度外国へ出て少し苦労するとこの意味が身に沁みてよく分かると思います。
皆さん方も県工で学ばれた事を最大限に生かし自らの人生を声を高らかに謳歌して一身独立を計って欲しいと思います。
百数十年前に個人及び国家の独立自尊、社会の実利実益の尊重を福澤諭吉が説いておられます。
県工健児の皆さん!! 一時でも早く一身独立して世界も羨むような理想国家日本の国作りに励んで頂けるよう切にお願いしてご挨拶とさせて頂きます。
本日は御卒業誠におめでとうございます。

 

2015.04.08更新

平成27年4月8日

皆さん本日は御入学誠におめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。
寒さ厳しき冬は去り学舎に校庭に春光は眩しく輝き皆さん方を優しく力強く御迎えいたしております。
今日に至る迄御父兄の皆様方に於かれましては大変御苦労様でございました。
貴方方は立派に御子息を御養育されました。この百有余年の歴史ある県工に入学された事は紛れもなく、その事実を物語っております。
私は平成23年度より兵庫工業倶楽部理事長の大役を仰せつかっております高校18回化学科を卒業致しました冨金原伸伍でございます。
我が「県工」は明治35年11月、兵庫県立工業高校として建築、機械の2学科、生徒数65名をもって開校致しました。
その後明治42年電気科、大正6年応用化学科、大正10年土木科、戦後は学制改革により現在の兵庫県立兵庫工業高等学校となりました。
更に時代の変遷に対応するべく、昭和33年デザイン科、34年電子科、62年には情報技術科を新設し現在では8学科を有する全国でも有数なる工業高校として発展し君臨して参りました。
又、兵庫工業倶楽部は母校の発展と共に卒業者総数は33,794名からなる大同窓会であります。
組織的には8つの各科別同窓会、10の地方支部、多数の勤務先兵工会が存在しております。
このように113年の伝統と歴史に支えられた兵庫工業倶楽部同窓会に、三年後、今日御入学された320名の皆さん方全員の御入会を大いに御期待致しております。

新入生の皆さんは今日から高校生活が始まります。
今までとは全く異なった環境に少しの緊張と戸惑いがあろうと思いますが、それもフレッシュマンとして今のみ味わう事の出来る貴重な体験として咬みしめ、記憶の中にしっかりと留めておいて欲しく思います。その時々の思い出こそ、その人の人生そのものであり、掛け替えの無いものであります。多き思い出こそが豊な未来を切り拓いていくものと思います。
ドイツ人は「想い出の無い人間は、故郷の無い人間と同じである」と言っていたように思います。
楽しい事、辛い事、苦しい事、全て貴重なる体験として貴方々の年輪として一つ一つ刻まれて行く事でしょう。
年輪が多い程大きな大木になり、年輪が緻密であればある程強くしなやかで粘りを増してゆく事でしょう。
急がず地道に地に足をつけて、己が進む道を信じて確実に地歩を進め、ひたすらその道を突き進んで欲しく思います。棟梁の木は沃土に育たずといいます。風雪に耐えた木こそが棟木として、又、梁として相応しい木として成長していきます。
又、早稲は小粒とか云われます。早く稔るけれども小さいという古事であります。
今は芽吹きが遅くても心配するなよ。今は生長が遅くても心配するなよ。
地歩を止める事なく歩み続けるならば、いつの日か目的地に辿り着くものと思います。
「大きな器は、早くは完成しない」と老子は云っております。
早く着く者遅く着く者、人には夫々の歩み方があるもので、人と較べる事も人と競争する事もなく、
願わくば全てが自分との戦いである事を知った上で日々努力して欲しく思います。
全ての行動は天が知る、地が知る、人が知る、己れが知る。
天道の厳粛な事を能く能く心に留めて誰も知らなくても自分が知る、
自分自身を偽る事は出来ないという事であり、故に自分に正直に生き抜き自分との戦いに打ち勝ち、
どのような事があろうともネバーギブアップの精神で白旗は忘れて行こう。
一寸先は何が起こるかわからないのが人生というものだから、
最後の最後まで油断せずに自分の目的が達成される事を只々信じて行こう。
そして貴方々が信じて進んだ道が、自他共に共感し喜びを分かち合えるような結果を得る事になれば、
この上ない人生の歩み方だと思います。
そのような事を吉田松陰は「名利のために学問をしたり、暗記力や記憶力がいい為、
学問が好きだから学問をするようなことでは駄目だ。世の中を良くする、現実を変革するという志のもとに、時代を開く為に尽す志が大切だ。」と教えたといいます。
皆さん方の県工での3年間の過ごし方がこのようであればと祈念しつつ私からの御祝いの言葉と致します。
本日は誠におめでとうございます。

2015.02.28更新


平成27年2月25日

皆さんお早うございます。
本日は御卒業誠におめでとうございます。衷心より御祝い申し上げます。
又、今日に至る迄長い間、教職員の皆様方、御父兄の皆様方並びに関係各位の皆様方本当に御苦労様でございました。高い席からではございますが心より御喜び申し上げます。
私は平成23年度より兵庫工業倶楽部理事長の大役を仰せつかっております 高校18回化学科を卒業致しました冨金原伸伍でございます。
我が「県工」は明治35年11月、兵庫県立工業高校として建築、機械の2学科、生徒数65名をもって開校致しました。
その後明治42年電気科、大正6年応用化学科、大正10年土木科、戦後は学制改革により現在の兵庫県立兵庫工業高等学校となりました。更に時代の変遷に対応するべく、昭和33年デザイン科、34年電子科、62年には情報技術科を新設し現在では8学科、960名を有する全国でも有数なる工業高校として発展し君臨して参りました。
又、兵庫工業倶楽部は母校の発展と共に卒業者総数は33,511名からなる大同窓会であります。
組織的には8つの各科別同窓会、10の地方支部、多数の勤務先兵工会が存在しております。
このように113年の輝ける伝統と歴史に支えられた兵庫工業倶楽部同窓会に、本日御卒業の283名の方々が御入会して頂ける事心より嬉しく、又心強く思います。
皆さん方は今日県工を巣立って行かれます。長いようでも振り返ってみれば、あっという間の3年間であったであろうと思います。
勉学に勤しんだ者、汗をかき体を鍛えスポーツに励んだ者、又、文化活動等に心血を注いだ者、其々の過ごし方があり三年間があったと思います。想い出が一杯詰まった校庭に校舎に、燦々と降り注ぐ太陽に青空に風に、その時々の時物に、風情に、さようならと云って巣立って行く君達に大きな拍手を送りたい。
これからの国を背負って行く君達に大きなエールを送りたい。
人間到る処青山あり、故郷を出て大いに活躍すべきであるとの意味であります。今日、県工を巣立ち地球を狭しと大いに活躍して欲しく思います。曾て貴方々の諸先輩達がしてきたように。
今少し県工の生い立ちを考察してみましょう。
明治元年1868年9月8日、270年余に及んだ幕藩体制が終焉を迎え封建制から日本資本主義形成を樹立するべく明治政府が成立致しました。
最大の目的は欧米列強下に屈する事なく彼等に追いつき追い越せの号令一下、五千万有余の国民は一つの目的の為に一丸となり、火の玉となって突き進み国力を高め一等国入りを目指しました。
開国後僅か20年余ともなれば軍艦からマッチに至る迄、全てが国産化されました。
これは他の亜細亜諸国が為す術もなく植民地化されていったのとは真逆の道を歩んだという事になります。
それは日本人の人的質の高さ故という処に帰結するでしょう。
此の様な中にあって県工は産声を挙げました。日本は科学工業立国として、世界と対峙し、又、凌駕していこうという壮大な夢を現実と化する為に県下より優秀なる若人を集めてその目的の為に邁進して来ました。
祖国発展の為、113年間貢献してきた事は紛れもない事実であります。
日清、日露両戦争で勝利に沸き酔い痴れた時代、大東亜戦争敗戦により多くのものを失い、途方に暮れ曾て経験した事のない古今未曾有の困難に遭遇した時代もありましたが、その度に人的資源に恵まれた我が国は不死鳥の如く甦り幾多の困難をも物ともせず克服して参りました。近代化日本を目指して146年余経た今日、我々の目指してきた目的は、ほぼ達成されてきたのではないかと思えるような錯覚さえ覚える今日此頃であります。
医療にあっては最先端医療や高度医療機器が進む中、世界をリードするのは再生医療分野としての人工多能性幹細胞(IPS細胞)、エボラ出血熱対策としての医薬品「アビガン」等は目下、世界から注視されている処であります。
高速鉄道新幹線は開業以来50年余の間、乗車中の利用者の死亡事故ゼロを続ける安全性と一列車当りの平均遅延時間は1分未満を実現する断トツの技術力で挑んでおり自然災害がなければ殆ど遅延がなく、安全性と技術力は世界一であります。
平成39年度に開業予定のリニア中央新幹線は、現在運行中の中国は上海エリアの難易度の低い常電導方式による浮上1cm程度のリニアモーターではなく、日本が目指す超電動リニアモーターは10cm迄浮上させるものであり、より高い浮上はそれだけ安全性が高いといわれております。
理化学研究所と富士通が共同で開発したスーパーコンピューターについては「京」を実現し、世界第1位の計算速度を目指しており、
ロボット産業についてはパワードスーツを装着する事により重労働を軽減できるようになってきました。
ロケット産業にあってはH2Aロケットに代りH3ロケットが開発中であります。H2Aは皆さんもよくご存知の小惑星探査機「はやぶさ」の打ち上げ成功で連続20回に伸ばし、成功率は96.1%で世界最高水準を誇っております。又H3ロケットの打ち上げ能力はH2Aの2倍に増強、打ち上げ費用は半額の50億円を目指しており、打ち上げ能力は7tにもなり、パワーと低コストへの戦いに挑んでおります。
飛行機にありましてはYS-11以来実に40年ぶりの国産旅客機となるMRJが注目を浴びており、三菱リージョナルジェットがその正式名ですが中型ジェットとして世界の空を結ぶ予定であります。
世界需要5000機中その半分の2500機をMRJとしたいと三菱は意気込んでおり頼もしい限りであります。
自動車にあっては究極のエコカーFCVがいよいよ登場して参りました。水素を使い燃料電池で発電しモーターを駆動するもので排出するものは水のみであり、嘗ては1億円かかったものが今では500万円で出来るとの事であります。
他方クールジャパンの面では日本のウイスキーが世界の三大ウイスキーの一つとして数えられるようになり「世界のウイスキーアワード」で2度の世界最高賞を受賞しております。
日本の和紙も嘗てはレンブラント、ピカソやシャガール達が版画作製に好んで和紙を使ったことはよく知られております。そして今も和紙は世界中のアーティスト達に選ばれており、ユネスコ世界無形文化遺産の対象になった細川紙が名を馳せております。
和食もユネスコ世界無形文化遺産に選ばれたのはもう皆さん周知の通りであります。
今ここで取り上げたこれらの事はほんの一部であり、その潜在的数たるや枚挙に遑がありません。
このように世界へ向って躍進する日本の科学技術及びクールジャパンと称する日本文化の発信基地として、世界が認める日本、ハードとソフトの両面作戦で世界に影響する我が国を誇り高く思います。
然し乍ら懸念材料も多々あるのも看過する訳にはいきません。
陽の当る処ばかりが日本ではありません。少子高齢化で人口が毎年10万人以上減少し続けており、このまま行けば10年後には神戸市の人口がすっぽりと日本から無くなってしまいます。
高度成長期以来都市化が進み国民の食料を支える農地が荒廃して久しく、減反政策が進み今や40万haが休耕田と化しており、その面積たるや埼玉県の広さに匹敵するといわれております。
食糧自給率は39%にまで下落しており食糧安全保障面からみるなれば日本を潰すのに武器はいらない、食糧を禁輸すればよいという事になります。又その食料たるやキュウリ1本を取ってみても出荷される迄に74回も農薬を掛けて作るという事を聞いて唖然としてしまいました。多かれ少なかれ総てがこのような事ですから、我々の口に入るものは総じて危険極まりない物ばかりといっても過言ではないように思います。それが証拠に1億総半病人国家の体をなしている事実であります。これだけ医療が発達しているにも拘わらず病人の数が増えても減らないという現実が、この事実をよく物語っております。
医療が病気を治すのではなく医療は飽く迄も補助的なものでしかないという事に気づくべきであります。
私達の体は免疫力とか抵抗力とか自然治癒能力で回復していくものであり、「医食同源」とはこの事をよく言い表しております。摂取した食物が血となり肉となる、良きものを食すれば 自ずと健康な体が保障され悪しきものを食すれば体は弱体化していきます。
今や国家の運営費に匹敵する額が医療費に費やされております。
一昨年の医療費は因みに39.2兆円でありました。国を支えるのは飽く迄も国民であり健全なる国民が住む国は国家安泰であり豊であると思います。
これからの我々の進むべき道は科学技術の構築と共に安全なる食の供給に心を割くべきであります。
県工健児よ県工魂でこの国が豊か葦原瑞穂の国として世界が羨むような眩しく輝く国となるように専念していただけるよう切に祈念致しまして私からの祝辞に替えさせて頂きます。
本日は誠におめでとうございます。



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